私の好きなピアソラ~ピアソラ生誕100年に寄せて

2021年3月11日はピアソラ生誕100年の記念日。本当は何か気の利いた文章でも書こうと思っていたのです。でもピアソラの音楽との出会いについては既に

自分の聴覚に多大な影響を与えたレコード (7) Astor Piazzolla – Roberto Goyeneche / En Vivo (Mayo 1982) Teatro Regina (アストル・ピアソラ・ライブ ’82)

に書いちゃったし、他に準備もしていないし…ということで、急遽プレイリストを作りました。きわめてシンプルに「私の好きなピアソラ」。ただし、単に好きな曲を並べるのではつまらないので、彼のキャリアをたどりながらその時代時代の演奏の中から私が好きなものを選ぶ、という形にしました。また同じアルバムからは1曲のみ、全体で曲の被りはなし、ピアソラの自作曲のみ、という制約を課しました。

というわけで選んだのがこちら。

各曲について簡単にコメントします。見出しは
  原題 邦題 / アーティスト名 (録音年, オリジナル収録盤)
というフォーマットで書いています。また作曲はすべてアストル・ピアソラ、歌入りの曲の作詞は6, 7を除いてオラシオ・フェレールです。

  1. Villeguita ビジェギータ / Astor Piazzolla y su Orquesta Típica (1948, SP盤)
    1946年に結成されたピアソラ名義の最初の楽団、アストル・ピアソラとオルケスタ・ティピカによる演奏。曲はジャズ・ピアニストのエンリケ・ビジェーガスに捧げられています。Villegas という名前の語尾をスペイン語で小ささや可愛らしさを現す縮小辞 “-ita” に変化させており、この場合は可愛さというよりも親愛、敬愛の情を現しています。まだ20代のピアソラが既存のタンゴの枠の中でいろいろと模索をしていたことが感じられます。
  2. Picasso ピカソ / Astor Piazzolla (1955, “Sinfonia de Tango” 収録)
    1954年、ピアソラはクラシックの作曲家を目指してパリに留学。しかし師事していたナディア・ブーランジェからの「タンゴこそがピアソラの音楽である」との言葉により自分の音楽の本質に目覚めます。その後パリにて、自身のバンドネオンと弦楽オーケストラという編成でアルバムを録音。これはその中の1曲で、もちろんタイトルは画家パブロ・ピカソのこと。
  3. Marron y Azul 栗色と青 / Octeto Buenos Aires (1957, “Tango Moderno”)
    パリ留学からアルゼンチンに帰国したピアソラが、自らの新しいタンゴを演奏するために結成した八重奏団《ブエノスアイレス八重奏団》。編成はバンドネオンx2、バイオリンx2、チェロ、コントラバス、ピアノ、そしてエレキギターでした。曲はジョルジュ・ブラックの絵画の色彩に触発されてパリ時代に書かれたもので、終盤にはこのグループの象徴的存在であるエレキギターが暴れまくります (弾いているのはオラシオ・マルビチーノ)。このグループ、当時保守的なタンゴファンからは猛烈な反発を受けたそうですが、まあそうでしょうね。今聴くとやたらかっこいいです。
  4. Tres minutos con la realidad 現実との三分間 / Astor Piazzolla, su Banoneón y su Orquesta de Cuerdas (1957, “Tango En Hi-Fi”)
    ピアソラはこのころ《ブエノスアイレス八重奏団》と並行して、パリでの録音と同様の編成の《弦楽オーケストラ》でも活動していました。エレキギターのような象徴的な存在はないものの、こちらのグループもピアソラの新しいタンゴを表現するもう一つの形態として非常に重要なものでした。この曲は舞踏家アナ・イテルマンからの委嘱により書かれたもので、中盤のハイメ・ゴシスによるピアノソロが壮絶です。
  5. Triíunfal 勝利 / Astor Piazzolla y su Quinteto (1961, “¿Piazzolla… O No?”)
    1960年に結成され、以後のピアソラの活動における基本フォーマットとなったキンテート (五重奏団)、編成はバンドネオン、バイオリン、エレキギター、ピアノ、コントラバスでした。これはその初期の頃の録音で、第一バイオリンはエルビーノ・バルダーロ。ピアソラにとって、少年時代にラジオで聴いたその演奏がタンゴを志すきっかけとなったというその人です (↑の弦楽オーケストラもバルダーロが第一バイオリン)。もっとも本人は程なく引退し、その後はアントニオ・アグリが引き継ぐのですが。
  6. Introducción a Héros y Tumbas 英雄と墓へのイントロダクション / Astor Piazzolla y su Nuevo Octeto (1963, “Tango Contemporaneo”)
    1963年に短期間活動していた《新八重奏団》(バンドネオン、バイオリンx2、チェロ、コントラバス、エレキギター、ピアノ、パーカッション) による演奏。曲はアルゼンチンの著名な作家エルネスト・サバトの小説「英雄たちと墓」の舞踏音楽化を試みた際の序曲で (舞踏音楽としては未完) 暗く重い響きと激しさが交錯します。プログレ (プログレッシブロック) 好きな人が結構ハマりそうな曲ではないでしょうか。終盤の語りはサバト自身によるものです。
  7. Jacinto Chiclana ハシント・チクラーナ / Jorge Luis Borges, Astor Piazzolla, Edmundo Rivero, Luis Medina Castro (1965, “El Tango”)
    文豪ホルヘ・ルイス・ボルヘスの詩と散文にピアソラが曲を付けたアルバムからの1曲。タイトルは人の名前です。エドムンド・リベーロは低く重厚な歌声が心に響きます。
  8. Tango Diablo 悪魔のタンゴ / Astor Piazzolla y su Quinteto Nuevo Tango (1965, “Concierto de Tango en el Philharmonic Hall de New York”)
    アルバムタイトルは「ニューヨーク、フィルハーモニックホールにおけるタンゴのコンサート」という意味で、ライブ盤を思わせますが、実際にはニューヨーク公演を終えて帰国した後に録音されたアルバムです (日本発売時のアルバム邦題は『ニューヨークのアストル・ピアソラ』)。1960年代のピアソラの音楽が最高潮に達したときの記録であり、ピアソラの最高傑作として知られるアルバムです。この曲のタイトルに出てくる「悪魔」は、それ以前からピアソラの音楽にしばしば登場する「天使」と共にこのアルバムにおける重要なモチーフです。
  9. Aria de los Analistas 精神分析医のアリア / Amelita Baltar, Hector de Rosas, Horacio Ferrer, Astor Piazzolla (1968, “Maria de Buenos Aires”)
    一時的に極度のスランプに陥っていたピアソラの復活のきっかけになったのが、詩人オラシオ・フェレールによって持ち込まれたオペリータ (小オペラ) のテキストでした。そこから生まれたのがもう一つのピアソラの最高傑作『ブエノスアイレスのマリア』。この作品の中では「フーガと神秘」や「受胎告知のミロンガ」(後に付けられた別の詩による「私はマリア」としても知られる曲) が有名ですが、私はこの曲が好きなのです。前半の賑やかでちょっと安っぽい曲想から一転、後半のとにかく美しいこと!エクトル・デ・ローサスの端正な歌声とアメリータ・バルタールのハスキーな声が好対照です。
  10. Final (from Tangata (Silfo y Ondina)) 終曲 (組曲タンガータ (風神と水の精) より) / Astor Piazzolla y su Quinteto (1969, “Adiós Nonino”)
    もともとは組曲≪タンガータ≫の中の「フガータ」「孤独」に続く第三部に相当しますが、1980年代にはこの曲単体で「タンガータ」として演奏されるようになります。この曲単体でも十分濃密でドラマチックで、聴くたびに胸に迫るものがあります。
  11. Retrato de Alfredo Gobbi アルフレド・ゴビの肖像 / Astor Piazzolla y su Quinteto (1970, “Piazzolla en el Regina”)
    アルフレド・ゴビはバイオリニストで、1940年代から50年代に率いていた楽団は極めて高い音楽性を誇る素晴らしい音楽家でした。しかし酒で身を持ち崩し、孤独な晩年を送ったのち1965年に他界します。そんなゴビの音楽に強い影響を受けていたピアソラが彼に捧げて作ったのがこの曲で、アントニオ・アグリの渾身のプレイには思わず涙してしまいます。
  12. Concierto para Quinteto 五重奏のためのコンチェルト / Astor Piazzolla (1970, “Concierto para Quinteto”)
    コンチェルトと言ってもオーケストラがいるわけではありませんが、五重奏のメンバーひとりひとりがフィーチャーされた名曲です。終盤の盛り上がりが鳥肌もの。
  13. Onda 9 オンダ・ヌエベ / Astor Piazzolla y su Conjunto 9 (1972, “Música Pupular Contemporanea de la Ciudad de Buenos Aires”)
    私がピアソラを好きになるきっかけとなった曲です (詳細は 自分の聴覚に多大な影響を与えたレコード (7) Astor Piazzolla – Roberto Goyeneche / En Vivo (Mayo 1982) Teatro Regina (アストル・ピアソラ・ライブ ’82) 参照)。全編で強烈にスイングするピアノを聴かせるのはオスバルド・タランティーノ。彼もまた天性のボヘミアンで活動は不安定だったようですが、実は1954年にフアン・カナロ楽団のメンバーとして来日したこともあります。この楽団、日本に初めてやってきたタンゴ楽団でした。
  14. Libertango リベルタンゴ / Astor Piazzolla (1974, “Libertango”)
    ブエノスアイレスでの活動に閉塞感を感じてイタリアに渡ったピアソラは、ここから数年にわたってエレクトリックな編成での活動を行います。その端緒となったのがアルバム『リベルタンゴ』でした。Libertad (自由) と tango を合わせた造語のタイトルから、新天地での解放感を感じます。1980年代の五重奏によるリベルタンゴも悪くはないですが、私の中ではこの曲はこうでなくちゃ、なのです。
  15. Adiós Nonino アディオス・ノニーノ / Astor Piazzolla (1977, “Olympia 77”)
    イタリアでのピアソラの活動は、レコーディングに際しては主に現地のスタジオミュージシャンを使い、ライブはアルゼンチン人メンバーによるバンド Conjunto Electronico (コンフント・エレクトロニコ) で行う、という二本立てでした。後者の集大成であり、またピアソラのこの時期の活動そのものの集大成ともなったのが、パリのオランピア劇場で録音されたライブ盤『オランピア77』。その少し前にメンバーを一新して若手ミュージシャン中心の編成となったこのバンド、かなりレベルが高かったと思うのですが、残念ながらこのライブの少し後に解散してしまいます。そしてピアソラのエレクトリックな試み自体も、本人が失敗として総括し、この後の五重奏団再編へとつながっていきます。
    「アディオス・ノニーノ」は様々なバージョンがあり、それぞれに独特の味わいがあります。1961年の五重奏による録音は曲の原型であり、今聴くと素朴な印象を受けます。1969年のアルバム『アディオス・ノニーノ』(今回のプレイリストの9が収録されているアルバム) では冒頭にピアノのカデンツアが配置され、これが以後のスタンダードなフォーマットになります (カデンツアは1980年代には違うものに差し替えられます)。さらにスタジオ録音では残っていないものの、コンフント・ヌエベによるものやオーケストラとバンドネオンによるものも、どれも良いのですよね。そんな中で、このコンフント・エレクトロニコによる「アディオス・ノニーノ」、私は好きなんですよ。全体の構成と言い終盤の壮大な盛り上がりと言い、何とも感動的です。
  16. Biyuya ビジュージャ / Astor Piazzolla (y su Quinteto Tango Nuevo) (1979, “Biyuya”)
    というわけで五重奏団に戻ったピアソラ。新生五重奏団の最初のアルバムが『ビジュージャ』で、これはそのタイトル曲です。お金を現すスラングだそうです。タイトでガツンと来る音作り、力強いタンゴのグルーヴは、やっぱりピアソラはこうでなくちゃ、と思わせてくれるものがあります (もっとも個人的には、エレクトリックなピアソラも完全には封印しないでほしかった気もしますが)。
  17. Barada para un Loco ロコへのバラード / Astor Piazzolla – Roberto Goyeneche (1982, “Piazzolla – Goyeneche en vivo (Mayo 1982) Teatro Regina”)
    1980年代にももちろんスタジオ録音のアルバムは出ているのですが、Spotify ではうまく見つけられなかったので、ここからはライブ録音が続きます。
    ピアソラが歌手ロベルト・ゴジェネチェと共演したライブアルバムについては、思いのたけを 自分の聴覚に多大な影響を与えたレコード (7) Astor Piazzolla – Roberto Goyeneche / En Vivo (Mayo 1982) Teatro Regina (アストル・ピアソラ・ライブ ’82) にしっかりと書きましたのでご参照ください。この曲をこんな枯れ具合で歌うことはゴジェネチェにしかできない芸当です。
  18. Chiquilín de Bachín チキリン・デ・バチン / Astor Piazzolla (y su Quinteto Tango Nuevo) (1982, “Live in Tokyo 1982”)
    1982年にはピアソラが初来日。その時の模様は NHK-FM でも放送され (大学受験に失敗して札幌で予備校通いしていた私は、コンサートに行けなかった悔しさを嚙み締めつつ聴きました)、2004年になって CD 化されました。その中の1曲であるこの曲、歌っているのはアルゼンチンでも絶賛されたタンゴ歌手、藤沢嵐子さんです。ブエノスアイレスに実在したステーキレストラン≪バチン≫にやってくる花売り少年チキリンを歌った歌詞がついています。
  19. Decarisimo デカリシモ / Astor Piazzolla y su Quinteto Tango Nuevo (1983, “Live in Wien”)
    1920年代から楽団を率い、タンゴに編曲という概念を持ち込んで現代につながるタンゴの一つの系譜の父となったフリオ・デ・カロ。ピアソラもまたその系譜につながる一人として、デ・カロに敬意を表して書いたのがこの曲です。ピアニシモ、フォルテシモといった音楽用語に使われている、強調を現す語尾をデ・カロの名前に付けて「デカリシモ」。すごくデ・カロ風に、とてもデ・カロな感じで、というような意味ですね。1983年のウィーンでのライブ録音は数あるライブ盤の中でも名盤の誉れ高い一枚で、演奏内容も録音も申し分ないです。
  20. Resurección del Angel 天使の復活 / Astor Piazzolla (y su Quinteto Tango Nuevo) (1984, “Live at the Montreal Jazz Festival”)
    8でも言及した、天使をモチーフにした一連の作品の中の一曲。美しさ、切なさと劇的な盛り上がりが何とも感動的です。モントリオール・ジャズ・フェスティバルでのライブは映像でもリリースされているので、機会があったらぜひ観てください。
  21. Vibraphonissimo ビブラフォニシモ / Astor Piazzolla & Gary Burton (1986, “The New Tango – Recorded at the Montreaux Festival”)
    ビブラフォンの巨匠、ゲイリー・バートンとピアソラがモントルー・ジャズ・フェスティバルで共演した際のライブ録音。アンコールの「天使の死」以外全て共演のために書き下ろした新曲で占められており、中でもこの曲の緊張感と躍動感は何度聴いてもゾクゾクします。実はこの共演、日本公演も行われたのですが、私は見逃してしまいました。一生の不覚。
  22. Astor’s Speech アストルの挨拶 / Astor Piazzolla (1987, “Central Park Concert”)
    曲ではないのですが、ピアソラの語学に堪能なところとユーモアのセンスを聴いていただきたく、これを入れました。ニューヨークのセントラルパークでのコンサートの中での MC です。最初英語とスペイン語の2か国語で話す、と言ってから、イタリア人はいるか?と呼びかけて、反応があったので英語、スペイン語、イタリア語の3か国語で切れ目なく話す、という芸当をやってのけています。自身の出身地の話、バンドネオンの歴史の話も面白いです。
    そういえば15の冒頭ではフランス語で挨拶してましたね。
  23. Tanguedia Ⅲ タンゲディア Ⅲ / Astor Piazzolla (y su Quinteto Tango Nuevo) (1987, “Central Park Concert”)
    上記のあいさつに続いて演奏されたのがこの曲。アルバムでは La Camorra と表記されていますが誤りです。
    タンゲディアは tango と comedia (喜劇)、tragedia (悲劇) を組み合わせた造語で、映画『タンゴ ー ガルデルの亡命』のために書かれました。何やらすごいパワーを感じる曲です。
  24. Tango Ballet タンゴ・バレエ / Astor Piazzolla (y su Sexteto Nuevo Tango) (1989, “Tres minutos co la realidad”)
    ピアソラ五重奏団は1988年に解散、その後心臓の大手術を経て復帰した彼が結成したのはバンドネオンx2、チェロ、ピアノ、ギター、コントラバスという異色の編成の六重層団でした。もう一人のバンドネオンを入れることで手術後の体の負担を軽減する、という建前があったものの、実際には自身のパートの音数を減らすようなことはせず、2台のバンドネオンの相乗効果を狙うような複雑な編曲へと邁進します。この録音は結成後間もない頃のブエノスアイレス≪クルブ・イタリアーノ≫でのライブ録音で、曲は1950年代に≪ブエノスアイレス八重奏団≫のために書かれた大作。前のめりな疾走感も感じさせるすさまじい演奏です。

以上、曲目コメントでした。結局「簡単に」じゃなくなってしまって、おかげで3月11日は大幅に過ぎちゃいましたが、まあそれもまた私らしいかと(笑)。参照しつつ楽しんでいただければ幸いです。

なお、Spotify のトラックを探すにあたって、ラティーナ の連載
 【ピアソラ~生誕100年】超実用的ピアソラ・アルバム・ガイド on Spotify (斎藤充正)
  part 1, part 2, part 3, part 4, part 5, part 6
を参考にしました (14以降は現時点で連載未掲載のため自力探索)。この連載、ピアソラファンがオンラインで音源を聴く上では必読の資料です。有料ですが興味のある方はぜひご一読を。

私の好きなピアソラ~ピアソラ生誕100年に寄せて” に対して1件のコメントがあります。

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