ピアソラ以外のアーティストによるピアソラ楽曲集~ピアソラ生誕101周年に寄せて

はじめに

出遅れましたが3月11日はアストル・ピアソラの誕生日でした。既にピアソラについてはいろいろ記事を書いているので今回は過去の記事へのリンクでも…と思って自分の記事を読んでみたら、昨年の命日 (2021年7月4日) に ピアソラ没後29年、さまざまなピアソラを聴こう という記事で既に同様のこと (Spotify に作ったプレイリストとその解説記事のリンクまとめ)をしているではありませんか。しかもピアソラ以外のアーティストによるピアソラ楽曲集 “Many artists play Piazzolla” については「これは今回初公開のプレイリストです。解説は後日改めて書きたいと思います。」と宣言しておきながらその後記事を書いていないことが発覚。

という訳で、半年以上経ってからになりますが、曲目解説を書きたいと思います。

ピアソラ以外のアーティストによるピアソラ楽曲集

以下、作曲者は全てアストル・ピアソラですので省略します。

  1. Allegro tangabile アレグロ・タンガービレ / 黒田亜樹
    1968年にピアソラがオラシオ・フェレールとの共作で発表したオペリータ『ブエノスアイレスのマリア』の中の1曲で、第2幕終盤のクライマックス「受胎告知のミロンガ」の前に演奏される器楽曲。演奏する黒田亜樹はクラシック音楽の範囲に収まり切らない多彩な活動を行っているピアニストで、この録音は1999年にリリースされたアルバムに収められたもの。アンサンブルをピアノ1台に凝縮して弾き切った、凄まじくも爽快な演奏。
  2. Pedro y Pedro ペドロとペドロ / レオポルド・フェデリコ
    題名が指すのはペドロ・ラウレンスとペドロ・マフィアというタンゴ史上最も重要なバンドネオン奏者で、2人とも1920年代にフリオ・デ・カロ楽団 (六重奏団) に在籍して現代につながるバンドネオンの奏法の基礎を作った。ピアソラはこの偉大な先人に捧げたバンドネオンソロ曲を、現代最高のバンドネオン奏者の一人レオポルド・フェデリコに贈った。1981年録音のフェデリコのアルバムに収録されているが、ここにあるのは2001年にリリースされたピアソラに捧げるアルバム “A Piazzolla” に収録されたもの。
  3. Zum スム / オスバルド・プグリエーセ楽団
    ピアソラが1971年に結成した九重奏団《コンフント・ヌエベ》のレパートリー。本人の演奏は執拗なリズムの繰り返しが徐々に盛り上りを見せる、といった曲想だが、このプグリエーセによる1973年の録音では大胆な曲の再構築が行われている。
  4. Lo que vendrá ロ・ケ・ベンドラ (来るべきもの) / フランチーニ=ポンティエル楽団
    1954年の作品で、ピアソラがパリ留学を経て革新的な活動を開始する前に書いた曲。実は既に作曲者としては革新を始めていたことが伺える傑作であり、この時期を代表する曲である。演奏はバイオリンのエンリケ・フランチーニとバンドネオンのアルマンド・ポンティエルの双頭楽団で、編曲はピアソラ自身が提供した。1954年録音。
  5. Para lucirse パラ・ルシルセ (輝くばかり) / オスバルド・フレセド楽団
    「来るべきもの」に至るこの時期の充実した作曲活動の端緒となった作品で、1950年発表。フレセドは1910年代から活動するバンドネオン奏者、楽団指揮者で、この時期はサロン風の落ち着いた雰囲気の演奏スタイルという印象が強いが、実はいち早くピアソラの楽曲を取り上げて演奏していたという側面も持つ。編曲はピアソラが提供した可能性が高い。1950年録音。
  6. Prepárense プレパレンセ (用意はいいか) / ホセ・バッソ楽団
    「パラ・ルシルセ」に続いて1951年に発表された曲で、ピアソラらしい個性がメロディにもリズムにも現れている。演奏するホセ・バッソはアニバル・トロイロ楽団で活躍の後独立して自身の楽団を率いたピアニスト。かなり凝った構成の編曲はやはりピアソラによるもので、聴きどころ満載の演奏となっている。1951年録音。
  7. Adiós Nonino アディオス・ノニーノ / アニバル・トロイロ楽団
    ピアソラの代表作「アディオス・ノニーノ」は、彼が1958年に父の訃報に接して作曲したもの。この演奏は若き日のピアソラが在籍したこともあるアニバル・トロイロの楽団の演奏で、1966年リリースのアルバムに収められたもの。ピアソラ自身の演奏におけるアクの強さのようなものはあまり感じられず、スケールの大きいドラマチックな演奏となっている。これまた編曲はピアソラ。
  8. Tristezas de un doble A AA印の悲しみ / モサニーニ=アグリ五重奏団
    AA印 (ドブレ・アー) は Alfred Arnold 社のバンドネオンの商標。転じてバンドネオンそのものをここでは指しており…等々の顛末は 自分の聴覚に多大な影響を与えたレコード (7) Astor Piazzolla – Roberto Goyeneche / En Vivo (Mayo 1982) Teatro Regina (アストル・ピアソラ・ライブ ’82) の末尾の余談を参照していただきたい。演奏はバンドネオン奏者フアン・ホセ・モサリーニとバイオリン奏者アントニオ・アグリの双頭五重奏団。モサリーニは1960年代後半から70年代前半にかけてオスバルド・プグリエーセ楽団に在籍する傍ら同僚のダニエル・ビネリ、ロドルフォ・メデーロスと共にロックを取り入れた新しいアプローチの音楽を模索し、その後フランスに移って独自のタンゴを追及している。アグリは1960年代から70年代前半にかけてピアソラと活動を供にし。ピアソラの音楽に欠くことのできない存在だった人。1996年リリースのアルバムに収められたこの演奏は、とても濃密で聴き応えがある。
  9. Café 1930 カフェ1930 / アル・ディ・メオラ
    ピアソラがギターとフルートの二重奏のために書いた組曲『タンゴの歴史』の2曲目で、場末の娼館で生まれたタンゴが都会のカフェに進出するとともにメランコリックな音楽へと変貌していった様を表している。この録音はジャズ・ギタリストのアル・ディ・メオラのアコースティックユニット《ワールド・シンフォニア》によるもので、1993年リリース。深みのある美しい音色のバンドネオンはディノ・サルーシ。
  10. Fuga y misterio フーガと神秘 / ブエノスアイレス8 (オーチョ)
    1と同様『ブエノスアイレスのマリア』の中の曲で、単独でも演奏される機会の多い曲 (ピアソラ本人も『ブエノスアイレスのマリア』の楽曲の中でこれだけは後年も演奏していた)。この録音は男女8人のコーラスグループ《ブエノスアイレス8》によるもので、アカペラで見事にこの曲の魅力を伝えている。1970年リリース。
  11. Decarísimo デカリシモ / アティリオ・スタンポーネ楽団
    1920年代にタンゴを変革し、現代につながるタンゴの土台を作った偉大なアーティスト、フリオ・デ・カロに捧げた曲。音楽用語のピアニシモやフォルテシモと同様の語尾をデ・カロの名前に付けたものがタイトルで、「とてもデ・カロに」というような意味を持つ。演奏するアティリオ・スタンポーネはピアニストで、ピアソラが率いた《ブエノスアイレス八重奏団》のメンバーでもあった人物。この録音は1972年にリリースされたアルバムに収められたもので、ジャズっぽいコードを駆使しつつロマンチックにこの曲を奏でている。この当時のスタンポーネの活動をピアソラはあまり評価していなかったようなのだが、個人的には好きな演奏。

ちなみにこの記事の前の Android スマホで WordPress の記事を書く際に段落内改行を入れる方法 は、まさにこの解説を書いている最中にぶつかった問題が発端でした。

という訳で

今思えばプレイリストとしては色々気になるところもありますが、既に公開してずいぶん経ちますので変更せずそのままにしておこうと思います。ついでに改めて過去のプレイリスト解説記事も貼っておきますのであわせてお楽しみ頂ければ幸いです。

今年はピアソラの没後30周年でもあります。命日の7月4日には遅れないように何か書きたいものです。

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