実家を引き払う

今回の札幌行きの目的

今回 (2022年3月18日~21日) の札幌滞在の目的は、実家の片付けでした。両親が亡くなり、同居していた妹も転居して誰も住まなくなったので、引き払うことになったのです。

私は2月にも一度札幌に来て作業し、その後は妹もいろいろ頑張って、捨てると即断できるものはごみとして出しました。不要品買い取り業者に来てもらったりメルカリで売れるものは売ったりもしていたようです。しかしながら、まだ使えるのに買い手が付かないものも多く、さらに古い写真、母が書きためた文章、様々な書類等、捨てると即断できないものも大量にありました。最終的に捨てるためには判断・分別が必要だったのです。

不要品の途上国での再利用

まだ使えるもののうち衣類、かばん、ぬいぐるみと一部の食器については、途上国で再利用するために引き取ってくれる業者に送ることにしました。今回送ったのはこちら。

段ボールに詰めて宅配便で送るだけで、特に事前の申し込み等は不要です。送料はかかりますが、使えるものがどこかで役に立つならまだ気持ちも救われるものがあります。

なお、調べた範囲では他に下記のような業者・団体もありました。

写真や文章、書類等

上述の古い写真、母が書きためた文章、様々な書類等についてはなかなか困りました。

結局、ざっと見て明らかに要らないと思ったものだけ捨てました。一方で少しでも迷ったら考える時間が無駄なので東京に送ることにしました。折を見てスキャンしてデジタルデータだけ残し、紙は捨てようと思います。折を見て、が曲者ですが…

この辺の作業をしていてしみじみ思ったのが、自分のものは判断できるうちに処遇を決めておくことが大事だ、ということでした。残されたものが大切なものなのかを判断することはかなりの労力を伴いますし、特に捨てるという判断は精神的にも負担があります。後の代にその負担をあまりかけないためには、我々のような年代になったら少しずつ捨てて身軽になっておくとか、少なくとも「これは自分のためだけに取っておいたものだから捨てて良いもの」「これは引き継いでほしいもの」「これは特定の人には価値のあるものだから◯◯さんに託してほしいもの」等を明確にしておく必要があるのではないか、と感じました。

もっとも、いろいろ引っくり返しているうちに意外な写真や面白い文章を発見したりすることもあって、作業自体は面白かったです。多少はそういう余地も残した方が良いのかな?

個人的お宝発見

嬉しいことに、以前から実家に帰る度に探していて見つからなかったものを今回遂に発見することができました。ひとつは最近ブログで連続して書いている BCL に関するもので、行方不明になっていたベリカードや、カードと一緒に送られてきたプログラム、小冊子等です。

そして BCL ブームの時に刊行されていた雑誌『短波』のバックナンバー。アマチュア無線の本もありますね (結局免許は取らなかったけど…)。

さらに音楽関係ではニューミュージック系のギターの楽譜や音楽雑誌等も。そして最大のお宝がオープンリールのテープ!FM で放送された来日ミュージシャンのライブ等を録音したものです。もちろん時代はカセット全盛で普段の録音はカセットでしたが、大事な録音はオープンリールに録っていたのです。保存状態が心配ですし、何より今手元には再生できるデッキがないのですが、何とか手筈を整えて再生したいと思っています。

家とのお別れ

結局今回も完全には片付きませんでした。とはいえ処遇の判断だけは一通り終えたので、後は妹に託すことができそうです。最後残ったものは業者を頼んで廃棄となるでしょう。

とすると、私が実家を見るのも今回が最後となる可能性が高そうです。事前にはそれを見越して元自室や家全体の写真でも撮っておこうと思っていたのですが、作業の終盤で上記のお宝発見があってすっかり舞い上がり、何もせずに帰ってしまいました。

辛うじて残っていたのが雪かきした時の玄関の写真。

思えばあの家に引っ越したのは高校1年生の冬でした。一浪して東京の大学に進学して以後ずっと東京在住ですから、住んだのは正味3年ちょっと。そう思うと短い時間でしたが、確かに多感な時期を過ごした家であり、またその後も両親の家として存在し続けていた訳で、色々な思い出があります。そういう場所を失うという事の寂しさは、これから少しずつ感じるのかもしれません。

そんなこんなで東京に帰ってきました。明日からまた日常に戻ります。

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