自分の「聴覚」に多大な影響を与えたレコード (11) これがタンゴだ 第一集

Facebook で回ってきたバトン「自分の『聴覚』に多大な影響を与えたレコード」の補足シリーズとして書いてきたこの記事、前回で一旦完結したのですが、実はタンゴ関連の記事については日本タンゴ・アカデミー機関誌「Tangueando en Japón」にも転載しており、さらにあと何枚かタンゴに関する記事を投稿することになっているため、以後特別延長編としてタンゴ関連の 「自分の『聴覚』に多大な影響を与えたレコード」 を本ブログにも執筆することにします。

さて、今回取り上げるレコードはこちら。

これがタンゴだ! 第一集 Este es el tango porteño vol. 1 (1958?, HV 1025, エンジェルレコード)

聴覚刺激ポイント:私がタンゴに出会った原点

以前 母が好きだったタンゴ にも書きましたが、私がタンゴを聴くようになったきっかけは小学生の頃に母が持っていたタンゴのレコードを引っ張り出して聴いてみたということでした。母はタンゴファンではあったものの特にコレクターというわけではなく、持っていたレコードは SP、ドーナツ盤が各数枚、そしてLP「これがタンゴだ!」の第一集と第三集がその全てでした。その中でこの「これがタンゴだ!」第一集こそが、私がタンゴを好きになるきっかけになったレコードでした。写真のジャケットはその現物で、相当ボロボロになってしまっていることがお分かりかと思います。私が手にした時点で既に相当な年期モノではありましたが、さらに何度も聴き込んだことでこんな姿になってしまいました。

このレコードはいわゆるオムニバス盤で、複数のアーティストの名演を集めたものです。当時からのタンゴファンにとっては常識かと思いますが、1955年にスタートした同名のラジオ番組を原点として企画されたアルバムでした。ジャケット裏の解説には以下のような説明がありました。

 エンジェル・レコードの第一回発売と共に誕生した「これがタンゴだ!」も58年6月で既に満3年に近く、つい先日150回目のプログラムを放送しました。(中略)
 一方エンジェル・レコードもファンの皆様の御支持を得て発展に発展を重ね、すでに御存知の如くオデオンの他にパンパ、パテ両社を加えた豊富多彩な陣容で、現在までに発売された各種レコードも厖大な数に達しました。このような発展の当然の段階として自主製作にも着手することとなり、既に最新式の極めて性能の高いカッティング・マシンもその威力を揮い始めました。これを機として「これがタンゴだ!」シリーズが企画されました。これは既発売レコードの中から概ね発売順を追って、典型的名演版を厳選して一枚の12″ LPに特集したもので、今回の第一集の選曲に当ってはまず名曲名演の名に値するものを選んで六十数曲を得、これを三十曲にしぼり、更に厳選して漸く十四曲を決定したものであります。勿論このシリーズは「セリエ・ディスコ・デ・コレクシオン」として今後も続いて選曲編集されるものであります。

「これがタンゴだ!」第1集 ジャケット裏解説 高山正彦

日本におけるタンゴ人気の絶頂期を感じさせる内容です。実際このシリーズは第10集まで製作されました。曲目は以下の通りです (カタカナ表記はレコードのものから一部修正)。

A面

  1. ラ・クンパルシータ La cumparsita / エンリケ・ロドリゲスとオルケスタ・ティピカ
  2. ロドリゲス・ペニャ Rodríguez peña / フランシスコ・カナロとオルケスタ・ティピカ
  3. マラ・フンタ Mala junta / オスバルド・プグリエーセとオルケスタ・ティピカ
  4. 街角 El esquinazo / フランシスコ・カナロとピリンチョ五重奏団
  5. エル・オンセ El once / オスバルド・フレセドとオルケスタ・ティピカ
  6. ミロンガが泣く時 Cuando llora la milonga / アルフレッド・デ・アンジェリスとオルケスタ・ティピカ
  7. 台風 El huracán / エドガルド・ドナートとオルケスタ・ティピカ

B面

  1. 夜明け El amanecer / ロベルト・フィルポとヌエボ・クアルテート
  2. 昔の姿を Estampa del 800 / アルベルト・カスティージョとオルケスタ・ティピカ
  3. フェリシア Felicia / フランシスコ・カナロとピリンチョ五重奏団
  4. パリのカナロ Canaro en París / エクトル・バレーラとオルケスタ・ティピカ
  5. セギーメ・シ・ポデス Seguime si podés / オスバルド・プグリエーセとオルケスタ・ティピカ
  6. エル・チョクロ El choclo / アルフレッド・デ・アンジェリスとオルケスタ・ティピカ
  7. さらば草原よ Adiós pampa mía / フランシスコ・カナロとグラン・オルケスタ

ちなみに収録曲を Spotify で検索したらうまい具合に全部揃ったので、プレイリストとして再現してみました。よかったらぜひ聞いてみてください。

エンリケ・ロドリゲスの「ラ・クンパルシータ」の心地よいスピード感とラストのピアノソロからバイオリンのピチカートのソロへの流れに心を奪われ (この部分が「ア・ラ・グラン・ムニェーカ」のメロディであることに気付くのはだいぶ後になってからのこと)、続くカナロの「ロドリゲス・ペニャ」の華麗さにわくわくし、プグリエーセの「マラ・フンタ」ではいきなりの笑い声に驚きつつも演奏の粘っこさと重量感に他とは違う何物かを感じ、ピリンチョの「エル・エスキナーソ」では思わず「タタンタン」と何かを叩き…と、今でも曲順通りに頭の中で再生することができるほどに、とにかく繰り返し何度も聴きました。それによってタンゴのリズムとメロディが自然に身体に浸透していきました。

一方、本当に何も知らないところからのスタートだったので、解説を隅から隅まで読み、フランシスコ・カナロ、オスバルド・プグリエーセ等のアーティストの名前を必死に覚えました。人名以外についても、オルケスタ・ティピカというのは楽団のことなのか?オルケスタはオーケストラかな?だったらティピカって何だろう。最後の「さらば草原よ」のフランシスコ・カナロの楽団はグラン・オルケスタということだけどオルケスタ・ティピカとは何が違うのだろう。ピリンチョ五重奏団のピリンチョって何?ヌエボ・クアルテートとは?等々、とにかく疑問だらけ。母に聞いたり想像したりしながらそれらの言葉を少しずつ解読して行ったのも、好奇心旺盛な小学生にとっては結構楽しい謎解きだった気がします。

それにしても、入り口がこういったオムニバス盤だったことは、特定の楽団に拘らずに様々なスタイルのタンゴを自然に聴けたという面で非常に良かったと思います。アーティストがオデオン系列だったことでカナロもフィルポもプグリエーセも聴けたということも重要でした。一方で同系列に限られたことにより、演奏スタイルとして極めて重要な2つの楽団であるフアン・ダリエンソとカルロス・ディ・サルリには触れることができず、これらの楽団を耳にするタイミングは少し遅れました。録音年代についてもあまり古いものは含まれなかったため、華麗でスピード感のある演奏が大半を占める結果となっていました。それらのことはその後のタンゴに対する私の好みにもかなり影響したかと思います。そういう意味でも、まさに私のタンゴに関する「聴覚」を形成してくれたレコードでした。

今タンゴを聴こうと思ったら、Spotify等のストリーミングサービスでいくらでも聴くことができますし、意識して調べればレコードの解説以上の情報もあちこちに存在します。一方で、何も知らない人がとっかかりとして聴いたり知ったりしようとすると、何から手を付ければよいのかがわからず意外とハードルが高い状況にあるのも事実かと思います。昔の私にとっての「これがタンゴだ!」に該当するような入り口を誰でも容易に見つけられるようにすることが、タンゴのようなジャンルの音楽にとってはかなり重要なのではないか、ということを、今回の振り返りを通じて強く感じました。

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