一人で踊るクエカ

クエカというフォルクローレ

先日 (2022年4月24日)、「Marcy & Magi の Tango en Tokio」の中のコーナー「吉村俊司の Viaje de Tango」で「タンゴミュージシャンが演奏しているフォルクローレ」を特集した際、2曲目にアルベルト・ポデスタとラス・ボルドーナスによる “Las sesenta granaderos” (60人の擲弾兵)という曲を紹介しました。曲については後日また番組の事前メモ公開で紹介しますが、今回はこの曲の形式「クエカ」についてちょっと書いてみます。

クエカ (クエッカ、クエーカとも表記)は男女のペアがハンカチを振りながら円を描くようにステップを踏む踊りの音楽で、雄鶏と雌鳥の求愛の様子を模したダンスとも言われています。

実際の踊りを見てみましょう。

上はさすがの足さばき。下の方はなかなか味のあるダンスですね。

このクエカ、アルゼンチンだけのものではなく、ペルーを発祥としてチリ、ボリビア、そしてアルゼンチンで広く踊られている形式なのだそうです (→ Wikipedia – クエッカ)。

一人で踊るクエカと、それを歌ったロックスター

かつて、このクエカを女性一人で踊るということがチリで行われていました。女性の胸には愛する男性の写真がピン留めされて。それは夫、恋人、息子、兄弟、或いは父親…共通するのは失われた人であること。

1973年にチリでクーデターにより政権についたピノチェト大統領は激しい人権弾圧を行い、多くの人が虐殺されたり投獄されて行方不明になったりしました。その遺された家族である女性たちが、抗議のために踊ったのがクエカ・ソラ cueca sola、ソロのクエカでした。静かな、しかし決して屈しない抵抗の印としての踊りです。

この辺の話、1980年代からの洋楽ファンはどこかで聞いたことがあるかもしれません。スティングの1987年のアルバム “Nothing like the sun” に収められた”They dance alone” (孤独なダンス) は “Cueca solo” という副題を持つことからもわかる通り、まさにこの事を歌ったものでした。

美しい曲ですね。静かに彼女たちの想いを伝え、いつの日か自由に踊れる日が来ることを願うというメッセージが込められています。ピノチェトへの名指しの呼びかけも含まれており、スティングの強い怒りが感じられます。

ちなみに中盤のスペイン語の語りはパナマの歌手・俳優・政治家ルベン・ブラデスによるもの。彼もまた人権・人種問題をはじめとする社会問題にコミットするアーティストです (現在は政治家としての活動に専念している模様)。

歌詞とスティング自身がこの曲について語った言葉については下記ページに対訳がまとまっています。ぜひ読んでみてください。

なお、副題が “Cueca sola” ではなく “Cueca solo” なのはスペイン語的には誤りですが、非スペイン語圏の人にとっては前者の方がイメージが沸きやすいという考えによるものかもしれません。エンディングで希望を込めつつ盛り上がる部分が何故かブラジルのサンバのリズムなのは…個人的にはちょっと不満なポイントです。

実際の Cueca sola

チリの女性たちに話を戻します。運動の中心となったのは Agrupación de Familiares de Detenidos Desaparecidos (拘留者・行方不明者の家族の会、AFDD) という団体でした。ダンスと共に歌われた “Cueca sola” は民俗学者のガラ・トーレスによるもので、歌詞はこちらのページにあります。

例によって機械翻訳も駆使しつつ掴んだ大意はこんな感じです。

かつて私の人生は幸せだった。私の人生を不幸が襲い、私の人生は私の最愛の人を失った。どこへ行ってしまったの?と問いかけても誰も答えない。私の魂はここに在らず、私の人生は悲しみとなる。

下の映像はピノチェト政権末期の1988年、大統領の任期延長の可否を問う国民投票が行われた際のキャンペーン映像です。実際のダンスの雰囲気がわかると思います。

この国民投票に敗れたピノチェトは1990年3月11日に退陣します。次の映像はその翌日の3月12日に国立競技場で催された民主主義政府発足の式典でのもの。

電光掲示板に表示されているのは行方不明者の名前でしょうか。最後に表示される “PARA QUE NUNCA MAS” (二度とないように) の言葉に、チリ国民に共有された悲しみと強い意志が感じられます。

おわりに

先日の Viaje de Tango の最後にはロベルト・ゴジェネチエの歌でチリのビオレータ・パラ作「人生よありがとう」をかけました。歌による社会の変革を目指していたビオレータが自ら命を絶った後、彼女が支持していたアジェンデが政権を取ったチリでしたが、わずか3年で軍事クーデターにより政権は倒れ、そこから長いピノチェト独裁政権が始まったのでした。

ペアダンスを一人で踊ることで抗議の意志を示さなければならない世の中は、チリはもちろん世界中のどこにも来てほしくないものです。にもかかわらず、そのダンスすらままならない戦争が起きてしまったことは、悲しみでしかありません。

ポデスタが歌うクエカから思いがけずこんなところまで話が及んでしまいました。お付き合いありがとうございました。

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