国家と罰

日経ビジネスのNBonlineに掲載されている『国家と罰』が非常に興味深い。
佐藤優氏(起訴休職外務事務官・作家)と伊藤乾氏(東京大学大学院情報学環准教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、東京藝術大学講師)が、国家のあり方、死刑制度について対談。人権問題としてではなく、国家論、国権論として死刑制度反対の議論を展開している。
まずは、以下のような問題提起がなされる。

佐藤 (略)
 イスラエルで死刑が廃止されているというのは、「死刑囚がかわいそうだ」というような情緒論ではなく、実は国権論から考えてのことなんです。死刑によって法秩序を維持するのは弱い国家だという意識があるからです。アイヒマンの処刑についてもイスラエル国家の弱さを示すものとイスラエルの知識人は認識しています。
 聖書には「汝、殺すことなかれ」とある。人が人を殺すことはいけないのだから、まして、国家が人を殺すことはいけないという思いが、私も塀の中で強くなったのは確かです。ただし、このような信仰に基づく個人的見解を初めから公共圏の討議に持ってくるのはカテゴリー違いだと思います。私は国家主義者です。従って、国権論の観点から見て、死刑は廃止すべきだと思うようになりました。
伊東 こういう議論は、もっときっちりなされるべきだと本当に思いますね。日本国憲法は全文において高らかに「国民主権」を謳っているけれど、刑法は明治41(1908)年に施行された第9条のまま、刑罰の種類として「死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料を主刑」としています。欽定憲法下の刑罰が、国の制度が変わっても温存されたままになっているけれど、その矛盾を明確に指摘する人は、きわめて少ない。でもいったい「主権者を吊るす国家」ってどういうものなんでしょうね?

うーん、「死刑によって法秩序を維持するのは弱い国家」なんて考えたこともなかったけど、確かにそうかもしれない。「主権者を吊るす国家」っていうのも強烈だ。
以後、取調べや裁判における問題点、佐藤氏が収監されていた際に見聞した死刑囚の様子に基づく議論が展開されている。特に佐藤氏が体験を語る部分は圧倒的に面白い。
まだ連載半ばだが、このあと冒頭の問題提起がどのように議論されていくのか、大いに期待したい。
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[posted on 2007-09-30]

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