アストル・ピアソラ生誕80周年記念
小松亮太&オルケスタ・ティピカ (2001.5.20)

データ

曲目

第1部

第2部

アンコール

所感

5/15の江古田バディ以来、 静岡と前日のアートスフィアを経て今回のオルケスタ・ティピカのラストとなったのが この日の公演である。

この日は、15日に感じたプグリエーセ系での硬さも取れ、 1部、2部を通して万全の演奏であったと思う。 「ネグラーチャ」の3-3-2のリズムの執拗な繰り返し、 「エバリスト・カリエーゴに捧ぐ」の感動的な美しさなど、多くの曲が印象に残った。 2部後半は聴いている方も体が熱くなるような素晴らしさであった。

さて、以下は私の勝手な憶測であるが…。

今回の小松によるオルケスタ・ティピカへの取り組みには、 参加ミュージシャンおよび聴衆への「タンゴ学校」的な意味合いがあったことが想像される。 現在では存続している楽団は非常に少ないとはいえ、 タンゴという音楽の表現形態としてオルケスタ・ティピカは一つの理想形である。 参加する若手ミュージシャン達にそのティピカでの演奏機会を与え、 また聴衆にティピカの豊かな響きを生で体験してもらうことで、 それぞれにタンゴの何たるかをつかんて欲しい、 という気持ちがこめられていたのではなかろうか、と思うのである。

そしてもう一つ、 小松によるピアソラの歩んできた軌跡を追体験する試みの最終段階としての側面もあったと思われる。 これまでも小松は、 五重奏団を中心に時としてコンフント・ヌエベやブエノスアイレス八重奏団の音にも挑んで来た。 ピアソラが出していた音を自分たちでもなぞることによって、 ピアソラの音楽の持つ力を再確認し、ピアソラに敬意を表してきたのだ。 これらはいずれも、 ピアソラが1955年に明確な意志を持ってタンゴの革命に乗り出して以後の編成である。

それに対して今回演奏されたのは、 いわば革命前夜のピアソラとその同志たちの音楽、 ということになろうか。

ティピカ編成の一つの究極とも言える表現で、 伝統に根差しながら常に高い芸術性を持って活動していたオスバルド・プグリエーセとその楽団メンバーたち、 重くかつスイングするリズムと比類なき和声感覚が素晴らしい個性となっていたアルフレド・ゴビ、 自身のピアノを大々的にフィーチャーしたファンタジックなタンゴで強烈な個性を発揮し、 ピアソラにライバル心を抱かせながら若くして事故死してしまったオスマル・マデルナ、 ある意味ピアソラ以上に前衛的で、それ故大衆的な支持は全く得られなかったエドゥアルド・ロビーラ。 年代的には多少前後するものの、彼等の存在もまた現代のタンゴが形作られる上で極めて大きなものであったのだ。

そして、彼等から直接、間接に多大な影響を受けつつ、 伝統的なタンゴの枠を飛び出そうともがき、 クラシック音楽への憧憬とコンプレックスを抱えて演奏や作曲を行ってきた時期のピアソラの音楽が、 今回の曲目であったわけである。 これらの音楽を検証し追体験することによって、 その後の革命的な展開への理解もさらに深まるし、 何よりこれらの音楽自体が持つ独特の魅力が演奏の動機となったのではないか、と思うのだ。

当初私は、 ティピカ編成の魅力を伝えるならもっと曲の選びようもあったのではないか、 という気もしていた。 少くとも「デデ」や「タングアンゴ」は、 音楽的には非常に面白いものの、ティピカの醍醐味を堪能する、 というような目的に合った曲とは考えにくい。 しかし、上記のような事情を推察するに至り、 今回の曲目の持つ意義の大きさを改めて感じるのである。

[2001年7月04日(水) 記]


吉村俊司(東京都)

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最終更新:2001.07.22