カチョ・ティラオ追悼

うかつにもラティーナ7月号の記事につい先日まで気づかずにいたのだが、アルゼンチンの最も重要なギタリストの一人、カチョ・ティラオが5/30に亡くなった。まだ66歳の若さだった。

 タンゴやフォルクローレなど、クラシカルなギター独奏スタイルで大衆に愛されてきたアルゼンチン・ギター界の重鎮カチョ・ティラオが、30日ブエノスアイレス市内の病院で肺炎をこじらせ亡くなった。享年、66歳であった。
アルゼンチン・ギター界の重鎮カチョ・ティラオ逝去! (ラティーナ)

まだまだ活躍が続くはずのアーティストであると思っていただけに、非常に残念である。ご冥福をお祈りする。
で、本来なら彼のソロCDなどをご紹介すべきなのであろうが、実はほとんど持っていない。そこで、彼が参加したピアソラの作品をご紹介しておきたい。
ピアソラのアンサンブルの中でのギターは、基本的にはかなり控えめな存在である。単音で対旋律を弾くか、コードカッティングで和声とリズムを補強するか、ということがほとんどで、難しい割には目立たないパートであったと言える。例外は、1950年代のブエノスアイレス八重奏団におけるオラシオ・マルビチーノと、1960年代後半から70年代にかけてのカチョ・ティラオである。ブエノスアイレス八重奏団でのマルビチーノは、とにかく全編弾きまくりで強烈だったのだが、これについては別の機会に。
クラシカルな奏法からエレクトリック・ギターによるジャズ的な奏法まで何でも超一流だったカチョのギターも、参加アルバムでは随所にフィーチャーされている。

ブエノスアイレスのマリア


ブエノスアイレスのマリア(ピアソラ(アストル)/ピアソラ/ゴーシス(ハイメ)/アグリ(アントニオン)/バラリス(ウーゴ)/パニック(ネストル)/ポンティーノ(ビクトル)/バルタール(アメリータ)/デローサス(エクトル)/フェレール(オラシオ))

1968年に発表されたピアソラの最高傑作のひとつ。ピアソラの音楽とオラシオ・フェレールの詞、アメリータ・バルタールの陰のあるハスキー・ボイスが奇跡のように一体化したオペリータ(小オペラ)である。CD2枚組。
1枚目の2曲目、「マリアのテーマ」の冒頭部分、エレクトリック・ギター一本でアメリータのスキャットを伴奏するカチョのプレイがすばらしい。また、2枚目の6曲目「アレグロ・タンガービレ」では絶妙のタイム感によるコード・バッキングが聴ける。

鼓動


Pulsacion(Astor Piazzolla)

1969年リリース。ウルグアイ人芸術家カルロス・パエス・ビラローが監督した同年の映画『鼓動』のサウンドトラックと、上記の『ブエノスアイレスのマリア』からの抜粋の組み合わせで、オリジナルLPではそれぞれがA面、B面に分かれていた。
サウンドトラックの方は、音楽だけでも作品としての完成度は高く、地味ながら聴き応えのある作品となっている。「鼓動 第2番」が最もキャッチーで、近年まれに他のアーティストが取り上げることもある。
『鼓動』の楽曲だけではアルバムとして発売するには曲数が不足することを考えると、編成も音楽的志向も近かった『ブエノスアイレスのマリア』からの抜粋を組み合わせたことは賢明だったとも言えるが、『ブエノスアイレスのマリア』を聴く、という観点では全くもって物足りないのも確か。
本題のカチョについては、『鼓動』では堅実なプレイは随所に見られるものの、目立ってフィーチャーされている箇所はない。『ブエノスアイレスのマリア』抜粋には上述の「アレグロ・タンガービレ」が含まれている。
なお、現在Amazonで買える盤(上のジャケットからのリンク)はちょっと値段が高いように思われる。実は国内盤リリースの話もあったのだが、延期になっており、予定は立たない模様。残念。

レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970


レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970(アストル・ピアソラ/アストル・ピアソラ五重奏団)

個人的には高校生の頃(1980年前後)にLPで買って以来の愛聴盤。1970年、ブエノスアイレスのレジーナ劇場におけるピアソラ五重奏団のリサイタルのライブアルバムである。
演奏内容は『ブエノスアイレスのマリア』の発表以降の充実ぶりを反映しており、すばらしいの一言。「ブエノスアイレスの四季」全曲(なぜか「冬」「夏」「秋」「春」の順)が収められており、特に「夏」は1980年代のライブ録音とは異なるスピード感に満ちた演奏となっている。さらに、このアルバムと次に紹介する『五重奏のためのコンチェルト』のスタジオ録音以外にピアソラ本人の演奏が存在しない「春」は、狂おしいほどの高まりがすごい。カチョはこの「春」の後半に、まさに狂おしくもすばらしいソロを弾いている。
後半に収められている「ブエノスアイレス零時」「アルフレド・ゴビの肖像」「革命家」「キチョ」もファン必聴の名演。
なお、「ブエノスアイレスの冬」の前にピアソラ自身による挨拶の声も収められているが、これが後年のライブ録音に比べてずいぶん低く落ち着いたトーンであるように聴こえる。ピアソラといえども緊張していたのだろうか?(ちなみにこれがタンゴにおける初のライブ録音である)

五重奏のためのコンチェルト


五重奏のためのコンチェルト(アストル・ピアソラ/アストル・ピアソラ五重奏団/レオポルド・フェデリコ/アニバル・トロイロ/アントニオ・リオス/ロドルフォ・メデーロス)

1970年、上記のレジーナ劇場でのリサイタルのあとに録音されたアルバム。1960年に結成されて以来活動を続けてきたキンテート(五重奏)の10年間の集大成である。タイトル曲「五重奏のためのコンチェルト」は、五重奏各メンバーの聴かせどころをちりばめたドラマチックな作品。終盤のフーガ的展開をリードするカチョのアルペジオのタッチの強さ、その後の速弾きソロのすさまじさがカチョに関する聴き所である。また、「ブエノスアイレスの春」でも上記のライブ盤と同様の狂おしいソロが聴ける。
アルバムの後半(オリジナルのLPではB面)は、ピアソラのバンドネオンソロによる1920〜30年代のロマンティックなタンゴ集(1曲のみバンドネオン四重奏)。カチョとは関係ないが、美しいことこの上ない。

リエージュに捧ぐ


リエージュに捧ぐ(アストル・ピアソラ/レオ・ブローウェル/リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団/ギー・ルコフスキー/ベルギーのフランス共同体管弦楽団/マルク・グローウェルズ/カチョ・ティラオ)

前半は1985年のリエージュ国際ギターフェスティバルでのライブ録音。上記のアルバムとの間には15年の隔たりがあるが、この間にピアソラは、ローマに拠点を移してジャズ・ロックに接近した活動を行い、その後1978年に五重奏団を再結成、世界を飛び回って演奏活動を行うようになっている。
このライブ録音は、ピアソラ自身のグループではなく、レオ・ブローウェルが指揮するリエージュ・フィルハーモニックオーケストラとピアソラ、カチョの共演によるもの。ピアソラがソリストとして参加した「アディオス・ノニーノ」と、ピアソラ、カチョが参加したバンドネオンとギターのための協奏曲「リエージュに捧ぐ」が収められているが、残念ながら今ひとつ乗り切れていないように感じられ、名演と言い切れるほどの質は達成できていない。強いて言えば、第3楽章中盤でピアソラとカチョの二重奏になる部分の二人の親密さと、その後の終盤に向けての展開が聴き所か。
後半はフルートのマルク・グローウェルズとギターのギー・ルコフスキーによる組曲「タンゴの歴史」の初演(スタジオ録音)。
【履歴】

  • 2007-09-10 『五重奏のためのコンチェルト』『リエージュに捧ぐ』について加筆
  • 2007-08-13 『レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970』について加筆
  • 2007-08-12 『鼓動』について加筆
  • 2007-07-25 『ブエノスアイレスのマリア』について加筆、残りのCDをリストアップ

[posted on 2007-07-23]

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