よしむらのブログ


[追悼][音楽][ビデオ][CD] 信じたくないけど…パコ・デ・ルシア追悼

最初に知ったのはラティーナの本田社長がFacebookでシェアした記事でした。

Muere el maestro Paco de Lucía a los 66 años - ABC.es

偉大なフラメンコ・ギタリスト、パコ・デ・ルシアが2014年2月26日、メキシコにて66歳で亡くなった、というニュース。10歳の息子とビーチでサッカーをしている時に心臓発作に襲われた、とのこと。

嘘でしょ…でも調べてみるとBBC他複数の海外メディアも伝えていました。

BBC News - Spanish flamenco guitarist Paco de Lucia dies at 66

ニュースを知った時点では日本語の情報はなかったけど、先ほど再度調べたらNHKも伝えています。

フラメンコギターの名手 パコ・デ・ルシアさん死去 NHKニュース

ここまで来るとさすがに間違いということはなさそうです。信じたくないけど。

私は間違いなくパコ・デ・ルシアのファンでしたが、でも本当の熱心なファンの方に比べると全然熱意の足りない、彼の偉大な軌跡のほんの一部を覗き見た程度の者です。そんな私でもこのニュースはあまりにショックが大きい。いつかまたコンサートに行こうと思いながら果たしていなかったのが、ついにその機会は永遠に失われてしまいました。

私がパコを初めて聴いたのは1981年のライブ・アンダー・ザ・スカイのFM生中継。この時はパコのグループとチック・コリアの共演でした。当時フラメンコの何たるかなど何もわかっていなかった高校生の私にとって、コンテンポラリーなフラメンコとジャズのフュージョンはあまりに衝撃的でした。

続いて更に衝撃的だったパコ・デ・ルシア、アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリンによるスーパー・ギター・トリオ!

Friday Night in San Francisco - Live(Al Di Meola/John Mclaughlin/Paco De Lucia)

1曲目、パコとアル・ディ・メオラのデュオによる「地中海の舞踏」は興奮のあまり失神するギター少年続出…かどうかは定かではないけど。え?この時の映像があるの??!

いや、やっぱり凄い!今聴いても大興奮です。

その後大学に入って東京に出てきて、この映画を見ました。カルロス・サウラ監督の「カルメン」。これにパコが出演していたんですね。今探してみたらYouTubeにこんな場面がありました。

アントニオ・ガデスが聴いていたアリアをパコが即興でブレリアにアレンジ、それに合わせてアントニオ・ガデスとクリスティーナ・オヨスが踊る、という場面。かっこいい!

1989年、90年、91年には立て続けに来日コンサートに行きました。

パコ・デ・ルシア1989~91年来日時のプログラム
パコ・デ・ルシア1989~91年来日時のプログラム posted by (C)よしむら

中でも1990年は、オーケストラとの共演による「アランフェス協奏曲」とトリオの演奏という構成。パコとオーケストラの共演は非常に印象深いものがありました。一方1989年、91年はセクステットによる来日。初めてFMで聴いたライブ・アンダー・ザ・スカイの時と同じ編成を生で観られて感激でした。 下記の映像は同セクステット(1人多いですが)の映像で、どうやらカルロス・サウラ監督の1995年の映画「フラメンコ」からの抜粋のようです。

こちらは1992年のセビージャでのライブ。ソロ+2人のカホンで。神技!

その後、確か1990年代後半にも一度コンサートに行っていると思うのですが、その後はちょっと疎遠になっていました。もちろん機会があればいつでも聴きたい、観たいとは思っていたんですけどね。本当に後悔先に立たず…

比較的最近の映像も紹介しておきます。こちらは2012年のPVですね。

こちらはたっぷり1時間、モントルーでの2012年のステージです。私もまだ全部は観ていませんが、シンセの音にちょっとびっくり。

最後に、巨匠ミュージシャンがパコに捧げた曲を2曲紹介しておきます。まずはジャズ・ギタリストの巨人ジョー・パス。完全ソロによるアルバムの第三作、"Virtuoso #3"に収められた "Paco de Lucia"。

そしてチック・コリアがパコに捧げた "Yellow Nimbus"。私が初めて聴いたパコ=チックの共演ライブでも演奏されていましたが、ここではチックのソロで。

それにしても、近年の映像ではさすがに見た目ちょっと老けた感じはあったパコですが、まだまだ元気で演奏を続けてくれると思っていました。伝統的なフラメンコのリズムやハーモニーは尊重しつつもエレクトリック・ベースやパーカッションを導入して新しいフラメンコを模索してきた、偉大なギタリストでした。近年ではすっかり一般的になったカホンという箱型のパーカッションをフラメンコに導入したのもパコのグループが最初だったのではないかと思います。本来ペルーのパーカッションだったものが、ちょうど踊り手のサパテアード(足を踏み鳴らすこと)の音に近いことからフラメンコにぴったりはまって、今では無くてはならない存在になっています。

ギターの神が本当の神のもとに召されてしまいました…ご冥福をお祈りします。

ちなみにこちら、私の好きなアルバムです。

Live One Summer Night(Paco De Lucia)

2014年03月01日 10:18更新
2014年02月27日 02:19投稿
コメント(4) [コメントを投稿する]

Before...

_ mazu [このたびのパコ・デ・ルシアの急逝にショックを受けている一人です。昨年末のジム・ホールも悲しかったですが年齢から覚悟し..]

_ よしむら [paco 青春様 ありがとうございます。おほめをいただき恐縮しております。 本当に、パコの音楽とともに生きること..]

_ よしむら [あ、「様」と「さん」が不統一(^^;; 全く他意はありません。失礼しました。]


[追悼][訃報] 大岩祥浩さん

せっかくのクリスマスイブながら、悲しいお知らせ。

アルゼンチンタンゴ研究の第一人者、大岩祥浩さん死去 (asahi.com)

 大岩 祥浩さん(おおいわ・よしひろ=アルゼンチンタンゴ研究家)が22日、間質性肺炎で死去、81歳。葬儀は親族のみで行い、後日お別れ会を開く予定。喪主は妻千鶴子さん。

 アルゼンチンタンゴ研究の日本での第一人者。著書に「アルゼンチン・タンゴ〜アーティストとそのレコード」などがある。

私が今日タンゴについて少しばかり知ったようなことを書いたりできるのは、間違いなく大岩祥浩さんのおかげである。

といっても直接にはほとんどお話したことはない。子供の頃(1970年代)、NHK-FMで毎週「ラテン・タイム」という番組があって、週ごとに違うジャンルのラテン音楽がかかっていたのだが、月1回のタンゴの担当が大岩さんだった。大体、最初に小編成の演奏を紹介し、その後「古き佳き時代のレコード」のコーナーで1920年代ごろのSPを数曲、それから大編成の曲を紹介、という流れだったと思う。タンゴを知ったばかりの私が、自分にとって聴きやすいダリエンソやトロイロだけでなく、ロムート、カナロ、フィルポからプグリエーセ、ピアソラまで、幅広くいろいろなタンゴに触れられたのは、本当にこの番組のおかげだった。

ある時からは、聞きかじったアーティスト名と楽曲名をめちゃくちゃな組み合わせでリクエスト葉書に書き、しばしば送ったりもしていた。一度だけリクエストが採用されたのは、フルビオ・サラマンカ楽団の「チケ」だった。

「ラテン・タイム」は程なく放送を終え、大岩さんの選曲するタンゴを聴く機会はしばらく失われた。その後は時々月刊誌「中南米音楽」(ラティーナの前身)でお名前を拝見する程度だった。

十数年前、日本タンゴアカデミーの会員になると、当時の会長は大岩さんだった。その気になればお話しする機会もあったはずなのだが、昔送っためちゃくちゃなリクエストのことを思い出すと何やら気恥ずかしく、気後れしてほとんど近寄ることが出来なかった。今思えば何とももったいないことだ。ご著書の「アルゼンチン・タンゴ〜アーティストとそのレコード」は出版されるとすぐに買い求め、今も参考にさせていただいている。

大岩さん、本当にお世話になりました。ご冥福をお祈りいたします。

アルゼンチン・タンゴ―アーティストとそのレコード(大岩 祥浩)

[Posted on 2009-12-24]

2009年12月24日 22:24更新

[追悼] 石川浩司さん

悲しいお知らせ。タンゴ評論家として活躍されていた石川浩司さんが亡くなった。6月23日0時01分だったそうだ。石川さんのホームページの掲示板にご令嬢の千夏子さんからの書き込みがあるので、詳しくはそちらをご参照いただきたい。


中高生のころ(1980年前後)、小遣いをためて買ったタンゴのLPの解説でお名前を知ったのが私と石川さんの出会いである。オスバルド・プグリエーセの『現代タンゴの最高峰』『サンテルモの夜』など、石川さんの書かれた解説を隅から隅まで読みながら聴き込んだものだ。

それから何年も経って、たぶん1996年ごろだと思うのだが、パソコン通信のニフティ・サーブでタンゴを扱っているフォーラムに入ったところ、そこにいらっしゃったのが石川さんだった(他にも斎藤充正さんや西村秀人さんなど、気鋭のライターやミュージシャンの方々が出入りしていたすごいフォーラムだった)。若輩者の私の書き込みにもレスを下さり、ほどなくライブ会場でも気軽に声をかけていただくようになった。日本タンゴ・アカデミーの機関紙への執筆の機会を与えてくださるなど、何かと気にかけていただいたのが何ともありがたかった。

最近は私自身がライブにあまり足を運ばなくなったのと、石川さんも体調を崩されていたので、お会いする機会がずいぶん減ってしまっていた。昨年(2008年)12月のタンゴアカデミーのセミナーで、帰路をご一緒していろいろお話を伺ったのが最後になってしまった。その後はラティーナのディスコ・ガイドを書かれているのを見て、お元気のようで何より、と思っていたのだが…(昨日届いた最新号にも石川さんのディスコ・ガイドが載っているではないか!)。

石川さんが日本のタンゴ界に遺したものは計り知れない。中でも、編者として全体をまとめられた『タンゴ名曲事典』(1998年、中南米音楽)、石川さん単独の著作『タンゴの歴史』(2001年、青土社)は今後も読み継がれるべき名著だと思う。前者は894曲ものタンゴの楽曲を解説した、ほかに類を見ない事典であり、また後者はご本業の経済アナリストとしての視点も交えての、社会・経済情勢との関係の中で語られるタンゴ史である。

これを書きながら斎藤充正さんのブログを見たら、やはり斎藤さんも石川さんの訃報について書かれていた。記事の中で雑誌『アンボス・ムンドス』に石川さんが寄せたロビーラに関する文章が引用されているが、これは私も今回の訃報に接して真っ先に思い浮かべたものだ。ぜひご一読いただきたい。

…それにしても、ショックである。文章でも口頭でも端正な語り口、柔和な笑顔が忘れられない。ご冥福をお祈りします。

タンゴの歴史(石川 浩司)

『タンゴ名曲事典』は中南米音楽社のMPB-storeにて買える可能性あり

『アンボス・ムンドス』4号はアオラ・コーポレーションのEl Arulloにて買える可能性あり

[Posted on 2009-06-24]

2009年07月02日 01:17更新

[追悼][音楽] 役立たずの神様 ハードロックが大好き

正直あまり入れ込んで聴いたわけではない。レコードもCDも全然もってないし。でも、高校生の頃(1980年代前半)に憂歌団と一緒にNHK-FMに出演した「ブルース・メイド・イン・ジャパン」という番組のテープはしばらく何度も繰り返し聴いたものであった。そのときの彼らの1曲目がこの曲。

ロックン・ロール・ショー RCサクセション

キヨシローは今頃あの世で「役立たずの神様」に向かってハードロックを歌っているのであろうか。今更ながらご冥福をお祈りします。

[Posted on 2009-05-13]

2009年05月13日 23:59更新

[音楽][追悼] 筑紫哲也さんとタンゴ

筑紫哲也さんが亡くなった。数少ない日本の知性の一人だっただけに、とても残念である。

筑紫さんのことで個人的に最もよく覚えているのが、まだ世間にはほとんど知られていなかった小松亮太氏をニュース23に迎えて紹介したこと。手元の記録では1997年8月20日の放送なので、ソニーからCDが出る約1年前のことになる。確かザ・タンギスツで「ブエノスアイレスの夏」を演奏したのだった。ものすごい気合の入った演奏で、これが全国に流れたという快挙に私自身勝手に興奮したのを思い出す。

アストロリコとの縁も忘れられない。彼らのサイトのロゴは筑紫さんが書いたものなのだ。彼らもニュース23に出演したことがあり、また筑紫さん自身がコンサートに出演したり、企画に加わったりしたこともあるらしい。

幅広く芸術に理解のあった筑紫さんは、タンゴに対しても愛情を持ち、真剣に取り組むアーティストを応援してくれたのだった。筑紫さんの訃報を聞いて真っ先に思い出したこれらのことをここに記し、ご冥福をお祈りします。

[Posted on 2008-11-9]

2008年11月23日 22:10更新
コメント(2) [コメントを投稿する]

_ 泉野正人 [アストロリコ←知ってますぅ 今度12月上旬に大泉学園ゆめりあホ-ルで演るって、友達から聞いたんですけど、ご存知ですか..]

_ よしむら [泉野さん、情報ありがとうございます。アストロリコのサイト(http://www.astrorico.com/)のライ..]


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